『豊橋鉄道』のCMですが、内容自体は電車ではなく定期観光バスの宣伝となっています。このCMに映る観光バスタイプの車両もそうですが、40年ほど前の豊鉄バスは路線バスも赤とレモンクリーム色の塗り分けで、親会社の名鉄の紅白塗り分けとひと目で区別できるようになっていましたが、70年代の末期には名鉄と同じ塗り分けに統一されてしまいました。

ちょうどその70年代80年代の愛知県内には、各都市に市名を冠した『○×観光』という小規模の観光バス事業者が存在していましたね。豊鉄のある豊橋にも『豊橋観光』があり、一宮には『一宮観光』、瀬戸には『瀬戸観光』、といった具合に、名古屋、岡崎、豊田、豊川、蒲郡(蒲郡のみ『“三河”観光』)といった比較的大きな都市にありました。これらには一応各社名鉄の資本が入っており、バスの塗り分けも名鉄バスと同じ紅白塗り分けが採用されていました。学校の遠足などでこれら各社の観光バスに乗って出かけた思い出を持つ方も多いことと思います。

ところで、

先日の愛知県北部の豪雨被害に対して一体どうしたものかと大変心配しているのですが、今年はどうしても福岡の豪雨被害が甚大だったために、報道もそちらがメインとなり、犬山城の鯱の被害が報じられる程度で、他地域に在住していると全体的な情報はほとんど得られないといっても過言ではないです。

【九州豪雨】西鉄バスが浸水しても止まらなかった理由(BuzzFeed Japan) - Yahoo!ニュース</span>

不思議なのは、上の記事の出来事に対して賛美の声で占められている事です。そして同時に、49年前に起こった「飛騨川バス転落事故」が引き合いに出され、こちらは “悪しきケース” として比較の対象とされていることですが、私にはこの二つの出来事のそれぞれ何が違うのか全く理解ができません。むしろ結果が違っただけで、人間の判断自体は全く同じものとしか思えないのですが。

「飛騨川バス転落事故」に関しては、私にとっても生まれる前の事件でリアルタイムで見聞きしているものではないのですが、日本のバス史上最悪の事故が、この地方で起き、犠牲者の方々は全員この地方の方々だったという点で、中京圏に生まれ育った以上、どなたにとっても時間を超え身近に感じてしまうものではないでしょうか。

情報テクノロジーが発達した今の時代にどっぷり浸っている今の私たちは、インターネットや携帯電話のなかった時代の生活環境は、もう既に思い出せなくなっています。数時間先の数キロ先の天候をリアルタイムで得ることのできる今の便利な世の中の基準で、あれが正しい、これがダメと断定して悦に入ってしまいがちですが、良かれと思ってした人間の判断は今も昔も変わりません。そして生じた結果は偶然に過ぎないし、またその結果はその人間の判断がもたらしたものでは決してなく、運が良かったか悪かったか、でしかないのではないでしょうか。

かの地では先日も大規模な陥没事故があり、その際もなぜかその後の処理に対して異様なほどの賛美がなされたのは記憶に新しいところですが、それが工事そのものに瑕疵があったという “人災” という側面を有耶無耶にしているようで、私は不信感を抱きました。それが、今回もまた同じ地域の人たちが・・・という気持ちです。

飛騨川に沈んだ、あの見慣れた紅白塗り分けのバスの画像を見て、その下流の木曽川流域で今の時代に起こった豪雨被害を知ると、49年という時間の長さが一気に消え去っていきます。そして、それに直面する人間には時代も地域もないのです。ましてや善し悪しなど・・・。