名古屋・東海ローカルCM 備忘録

名古屋を中心とした中京圏の70年代から90年代にかけて放送されていたCM動画を主に取り上げています。
動画サイトに数多アップされているCM動画を、自分が探しやすくするためのメモみたいなものです。
…のつもりで始めましたが、最近では単なる愚痴や共感を得られるあてもない儚い自己主張の場と化しています。

アメ横ビル

ネイティブ三河弁スピーカー



よくよく考えてみたら、山田昌さんも新間正次さんもネイティブな名古屋弁の使い手ではないんですよね。昌さんは常滑のご出身で、昔の知多半島は尾張とはいえど三河弁に近い言葉が話されていたそうです。新間ちゃんも豊橋のご出身なので、よく東三河の言葉は遠州弁に近いなどと書かれているのを見かけたりしますが、当然ながらそれは嘘で、新間ちゃんももともとは三河弁を話されていたはずなのです。

身体検査



新間ちゃんのあの一件の際には、どうして経歴を偽ってしまったのだろうという、ご本人に対して残念な気持ちを覚えた方も多かったことと思います。当時の彼の認知度、人気を考えたら、余計な見栄を張らなくても確実に当選できたはずですから。

ただ同時に、彼は無所属ではなく、政党に属して立候補したのですから、なぜ政党側が経歴について確認をしなかったのか、むしろそちらのほうに強い疑問を感じます。実際それでせっかくの当選が無効になっているわけですからね。詰めが甘いというか、そもそも何かわれわれ一般人には理解できない思考で彼らが動いているのではないかとも思えてきます。

そう・・・今回の政治の世界でのゴタゴタを見ていると、彼らは本当に世間とズレているというか、もっと言えば何をしても許されると思っているというか、憤りを覚えます。でもそのズレは、今に始まったことではないということなんです。

こいつは春から景気がいいや



ハワイ旅行40名様ご招待ですって。1988(昭和63)年のお正月の『アメ横ビル』CMです。今から考えるとなんと景気の良いことか。

以前、この3年前の1985(昭和60)年に放送されていた同じ『アメ横ビル』CMを取り上げたことがありますが、この年は香港旅行50名様ご招待となっていました。人数が減っているのは香港旅行よりもハワイ旅行のほうが費用が掛かるからでしょうね。むしろ、バブル景気絶頂の只中にある1988年の年始ですからこそ、『アメ横ビル』さん定番の香港旅行からハワイ旅行へグレードアップされたのかもしれません。

なんでも揃う



「8mm」とはなんぞや、とお思いになられる方も多いかと思います。1981(昭和56)年と言えば家庭用ビデオデッキですらまだ珍しい頃、家庭用のビデオカメラなど夢のまた夢でした。しかし、次第に肩に乗せないといけないほど大きなビデオカメラが一般家庭にも普及するようになり、それも数年で「パスポートサイズ」などと宣伝されるほど小型化されてゆき、やがてデジタル化されることで普通のカメラでも動画が撮影できるようになり、それが携帯電話と融合し今やスマートフォンですよ。

この当時の「なんでも揃う」は今の基準では何も揃わないということになってしまう。でも、8mmで記録したわが家の記録は失ってしまったら今ではもう取り戻すことのできないかけがえのないものです。のちの時代にどんなに良いハードが登場しても、ソフトの価値は変わらないということですね。

付くもん



令和のいま、新譜をレコード盤ヴァージョンも併せてリリースするアーティストの方も多く、ついにはカセットテープ版まで発売されるケースも現れてきました。

ただ、それよりもっと先進的だったはずのパソコンの世界では、ついに今月、インターネットエクスプローラーのサポートが終了。パソコンの普及はインターネットの一般化が最大の要因だったはずで、その功労者が歴史の彼方へと消えていく時がやってきたということです。ま、ブラウザに関しては他のライバルソフトや後継ソフトがあるわけですから、老舗のお店が閉店するようなものと言っていいのかもしれません。

とにかく、歴史は巡りますから。41年前のCMを見て、そう思います。

値切りハチマキ



1991(平成3)年の春前の時期のCMのようです。『アメ横ビル』CMといえば新間ちゃんという時期が長く続いていましたが、それもこの年の夏、翌年の参議院議員選挙への立候補表明を受けて終止符が打たれたのではないかと思います。上のCMは、地元CMに数多く出演を果たしてきた彼の、もしかしたら最後の出演CMかもしれませんね。19年続いたCBCラジオ『ラジオ朝市』も降板しました。

選挙には当選したものの、その後の顛末は皆さんご存じのとおりかと思います。立候補しなければ『ラジオ朝市』も『アメ横ビル』CMも更に長く彼が出演したことでしょう。いや、虚偽の経歴なんか記載しなければ・・・。だいいち、余計な見栄を張らなくたって当時の彼なら当選していたはずなのです。

カッコイイクルマ



常夏のハワイはいいとして、カッコイイクルマというのは何ともあやふやな感じですね。人それぞれカッコイイクルマの定義は違うでしょうし。

あといつも思うのですが、新間ちゃんのこの格好も何なのでしょう。大須なので仁王様に扮しているのでしょうが、その色も相まって風神のコスプレにも見えなくないです。

台湾で出会う日本



2日に台湾で発生した「太魯閣(タロコ)」号脱線事故では多数の死傷者を生む大惨事となってしまいました。車両が日本製(日立製)ということで、一瞬、数年前に起きた「普悠瑪(プユマ)号脱線事故」が思い出されました。こちらの車両は『日本車輌製造』製、つまり豊川で製造されたもので、事故後の検証で製造上のミスも発見されたことから、当初『日車』側の責任が問われたりもしましたが、現在はこのミスが事故の原因に直接関わっていないことが判明しています。

台湾は新幹線車両も日本製ということで、我々が台湾に旅行などで訪れた際に、知らない間に日本製の、それもこの地方で製造された車両に乗っていた、ということも多いのかもしれませんね。

香港好き



1984(昭和59)年にも香港旅行ご招待をやっているんですよね。香港が好きなんでしょうか。

34年後の暗示



34年前のちょうど今頃放送されていたCMですが、当時、34年後の香港が今のような状態になっていることなど、誰が想像できたことでしょう。ベルリンの壁のように「良い」予想外の出来事なら大歓迎ですが、残念ながら世界情勢はまたもキナ臭い時代の状況へと退行しつつあるようです。

CMの最初、唐突に放たれるビームと爆発が、CM自体の内容といまいちリンクしていないように思えますが、ひょっとすると34年後の状況を暗示していた、とか?。

著者近影(ウソ)

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