名古屋・東海ローカルCM 備忘録

名古屋を中心とした中京圏の70年代から90年代にかけて放送されていたCM動画を主に取り上げています。
動画サイトに数多アップされているCM動画を、自分が探しやすくするためのメモみたいなものです。
…のつもりで始めましたが、最近では単なる愚痴や共感を得られるあてもない儚い自己主張の場と化しています。

大須ういろ

故郷忘じがたく候



【3月16日廃止】愛知と山形に由来する駅名の元仮乗降場 石北本線 愛山駅(北海道上川郡愛別町)

故郷は確かに存在しているのに、どうしても故郷へ戻れないという事情を抱えているという方も多いことでしょう。遠くに住んでいて、なおかつ故郷に身寄りが無いとか、無くなってしまったとかであれば、おいそれと戻ったりはできないでしょうから。

明治の昔、私たちと同じ故郷を持ちながら北海道に入植した人たちは、二度と帰ることのない故郷を思い、せめて故郷の文字を一文字だけでも、と考えたのでしょう。

「何十年もいるけど初めて」住民から悲鳴…観測史上最大 18日未明から72時間で降雪量90センチ “ドカ雪”で路線バス連日運休 北海道留萌市(北海道ニュースUHB)

現代でも過酷な北海道での冬の暮らし。いにしえの入植者たちが味わった苦労が偲ばれます。

日本一元気な商店街



週末に鬼ごっこができるほどガラガラだった…名古屋・大須商店街が「日本一元気な商店街」に再生できたワケ(プレジデントオンライン)

名古屋の一体どこが排他的で閉鎖的な街だというのでしょうかね。国籍や時代も超越した、いい意味での「ごった煮」な街区の再生は、本当に排他的で閉鎖的な県民性だったら絶対に叶わなかったはずです。

去る者を追え



「名古屋の名物が…」 ういろうCM、惜しまれつつ終了(朝日新聞デジタル)

これは、時報の提供から降りただけ、ということではないのですか?。CM自体を流さなくなるということですか?。ただ、3時の時報が「大須ういろ」でなくなるのも充分寂しいですが・・・。

40年くらい前、通学路の途中に住宅の新築工事現場があって、そこの大工さんがCBCラジオを流しながら作業していて、下校途中にちょうど3時に通りがかると「♪ぼんぼんぼーんと時計が三つ」って・・・。これが昨日の記憶よりも鮮明に、まるで昨日のことのように思い出されるのです。

コロナの件ですっかり滅入っているところに、追い打ちをかけるような話題ばかり聞かされて、余計に落ち込む日々が続いています。素直に、去る者は追いたい。私はやせ我慢なんてしません。

秋はどこへ行った



今の子供さんたちの「秋」と、我々年寄りの「秋」は、全然違ったものとして捉えられているのでしようね。今年は虫の音も聞かなかったような気がします。暑い日の次の日が冬みたいな天候だったり、そのまた逆だったり、中間がない感じ。

舫綱



最近、在名局の放送を見ていると、ローカルCMが少ないような気がしてなりません。確かに、私はこの地方にたまに訪れた時くらいしかテレビを見る機会がなく、朝から晩まで全ての放送をチェックできる、というわけではないのですが、それでも昔は昼下がりや夕方などはローカルCMがそこそこ流れていた記憶があるのに、その時間帯に今テレビを見ていてもやはりほとんど見かけないような気がするんです。

先日、テレビを見ている中で見かけた、これぞローカルCMと呼べるものは『大須ういろ』さんの「味いろ」CMの現在バージョンでした。ローカルCMと言えど、上のCMのような静止画などではなく、昔だったら考えられないような洗練されたCMとなっていましたが、そういう技術的な面でも、ローカルCMがローカルたる “味わい” を失ってしまっている気がします。いや、でもそれ(=技術面)はそれでいいのでしょうね。私が “味わい” だとか言って拘っているのは非建設的な単なる懐古主義に他なりませんから。

でも、でも・・・まるで『テルミナ』が『ゲートウォーク』に変わって、どこの街の駅前を歩いているのかわからない気持ちになるのと一緒で、まるで『大須ういろ』が『大須ういろ』ではないような、私は最初から『大須ういろ』という単語に親しみのない、それどころか愛知という土地を知らないでこれまで過ごしてきた人間であるかのような、そんな気持ちになってしまう今日この頃なのです。

同じく辛いのは、テレビを見ていると、アナウンサーの方の中に全く知らないお顔を見かけるようになってしまったことで、これは本当に全く知らない土地に来てしまったような淋しさをおぼえてしまうのです。少し前まではそれでもアナウンサーの方を見るだけで、どのチャンネルが映っているのかわかったくらいなのに・・・・。そんな中最近テレビにて、東海テレビの高井一アナやCBCの石塚元章キャスター、モリモモのモモさんなどをお見かけして、切れかけていた舫綱がすんでのところで切れずに済んだような、本当にホッとした気持ちになりました。

帰省



お盆休みも今日でおしまいという方も多いのではないでしょうか。8月15日。今も昔も変わりません。

私の生まれ育った家は、もうありません。実家そのものが移ってしまっているので、帰省と言えば今の家が帰省先になるのでしょうが、それでも、一般的に生まれ育った家に帰るのが帰省であるのでしたら、私にとって帰省する場所はもうないか、その「土地」ということになるのでしょう。

生まれ育った家のあった場所には、現在アパートが建っていて、たまに近くを通ってみたりすると、「空き部屋有り」「入居者募集」の看板が出ていたりなんかして・・・。もう少しお給料が高かったら、“別宅” として借りたいな、なんて妄想してみたり。でも、アパートとかって居住しないと貸してくれないんですよね。遥か彼方の地に住んでいるようでは絶対ダメということみたいです。(もちろん、借りることのできない最大の理由は金銭的事情なんですけど)

ところで、よく考えたら「大須ういろ」を帰省のおみやげに持って帰る方は、実はこの地方出身の方ではないということなんですよね。私にとってはなんだか複雑な気持ちになるCMです。

懐かしさがよみがえる



一応、録画はしておいたものの、なんだか気が進まなくてそのままにしていた15日放送の『志村けんのだいじょうぶだぁスペシャル』(CX)。

ホームドラマ仕立ての、加藤茶さんが元時代劇俳優のお父さん役という昔からの定番コント。見だすと、確かに加藤さんも志村さんも若い頃のお姿ではない(磯山さやかさんの体型のムッチリ度にも拍車がかかっているし)けど、でも今の実年齢ほどの年齢感は感じないので、これはひょっとして10年位前の映像?なんて思っていると、やはり途中アドリブで「久々のコント」と加藤さんが言っている。いかりやさんの死後、ドリフみんなでコントをするのは12年ぶりという触れ込みだったので、やはりこれは今回収録されたものなのだとそれでようやく納得できた次第。それほど昔のお二人のコントとの違いというか、落差を感じさせないもので驚きました。

見ている側も全く20年、30年前の感覚と同じ感覚で見ることができるなんて、いかに加藤さんと志村さんの芸が“衰え”を見せていないかというこの上ない証明となるわけで、逆に数年前に『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK総合)で見せたあの今にも倒れそうな加藤さんの姿はいったいなんだったんだと思ってしまいます。この地方では、『家族に乾杯』の数ヶ月前に放送された『ウドちゃんの旅してゴメン』(メ~テレ)でゲストに登場した加藤さんの様子が既におかしかったために、全国的に話題になる前に既にお茶の間がざわついていたのでしょうが・・・。

そのことがあったために、私としては、やはりお年を召されたドリフのみなさんがコントをすることに多少の不安を感じていて、見ることをためらってしまったというわけです。しかしそれは杞憂に終わりました。

まさに、ドリフと言えば未だに私の中では土曜日。この二つの印象が重なり合うと、一時的に時間の壁が取れたような気がして、懐かしさが少しだけリアルに近い感覚としてよみがえってきます。『だいじょうぶだぁスペシャル』は、今日まで見ずに置いておいて良かったということなんでしょうね。

後半へ続く



以前挙げたCMでは前半部分までで端折られていましたが、こちら後半部分をくっつけることで30秒版CMのCMソングが再現できます。


…と思ったら、「♪とろりんこ」が抜けてる(汗)

ずたぼろエブリデイ



以前、大須ういろのCMには、CBCの夕方5時台の印象があると書きましたが、間違っていなかったみたいです。この動画は、かの「ぱろ゚ぱろ゚エブリデイ」の一部のようですが、スポンサーに大須ういろとサンロード地下街が入っています。本当に幼い頃に受けた印象ですが、オジサンになって最近覚えた記憶なんかより、格段正確だったりします。

「ぱろ゚ぱろ゚エブリデイ」は、後の「ミックスパイください」を生む素地となった番組と言って良いかと思われますが、意外と放送された期間は短かったのですね。ただ、長寿番組だと言われた「ミックスパイください」も、今考えると放送期間は10年程度と、昨今のいわゆる長寿番組と比べたらそれほどでもないということになります。

当時はこのCM、古そうなCMだなと思って見てましたが、今改めて見てみると、走ってくるSLは「やまぐち号」です。「ぱろ゚ぱろ゚エブリデイ」の放送時期を鑑みて、CM自体は製作されて間もないものだったということがわかります。やはり、被写体の内容とフィルムによる撮影が相乗効果を生んで、レトロな印象を与えるのでしょう。



(タイトルの「ずたぼろエブリデイ」は、単に最近の私に降りかかる不幸や試練のことを言ったまでで、他意はありません)

ぼーんぼーんぼーん



青柳ういろうを出したなら、当然大須ういろも引き合いに出さないといけません。そのくらいこの二社は名古屋のういろう界の双璧ですね。

しかし、全国的に“名古屋のういろう”を知らしめる基礎を作ったといえる青柳総本家に対し、こちら大須ういろは全国的に知られる存在かというと、青柳ほどではないかもしれません。しかし、地元東海三県においてのみ言えば、やはり“双璧”に他ならない存在感を示しています。

その最もわかりやすい例として、やはりこのCMの浸透度があるでしょう。大須ういろのCMソングは、青柳ういろうのCMソングとともに、この地方の人々にとっての愛唱歌となっています。おそらく、30歳以上の方でしたらほとんどの方がサビまでソラで歌えるのではないでしょうか。(上に掲げたバージョンは15秒版なので端折られていますが)

青柳ういろうのCMが比較的、時間と放送局を選ばずランダムに見かけたのに対して、大須ういろのCMは午後の、それも夕方近い時間に、特にCBCにてよく見かけたような印象があります(勝手な印象かもしれませんが…)。逆に、特定の放送局のある時間帯から、特定のCMを連想させられるのもよくあることで、私にとっては夕方のCBCと言うと、この大須ういろと今井総本家の天津甘栗(どちらも大須ですね)のCM、対して夕方の名古屋テレビはと言うと、ギターペイントや丸辰ビタミンちくわ、名古屋テレビグリーンキャンペーン、マルシンハンバーグのCMを思い出します。

そして、これらのCMを見たり歌を聴いたり、はたまた思い出したりするだけで、夕焼けに染まった景色と、近所の家の台所から漂ってくる夕餉の赤だしのいい匂いが思い出されてくるのです。
著者近影(ウソ)

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